日々を生きていると、自分の感情がまるで振り子のように揺れていることに気づく瞬間がある。嬉しいと感じたかと思えば、すぐに不安が押し寄せる。希望が芽生えた直後に、落ち込むような出来事が起こる。感情とは一定ではなく、揺れ動くものだと頭ではわかっていても、その変化に心が追いつかないこともある。
とくに人との関係のなかで、この振れ幅は顕著になる。今日、誰かと心地よく会話ができたと思った翌日に、同じ相手が急にそっけなく感じるといったことは少なくない。あるいは、こちらから何かを話しかけたときの相手の反応が予想と違っていたというだけで、心は大きく傾く。それが自分にとって大切な相手であればあるほど、その揺れは大きくなる。
この「振り子」のような感情の動きは、決して異常なことではない。むしろ、生きている証とも言える。人間の心は、生理的な状態、環境、記憶、相手の言葉ひとつで簡単に影響を受ける。感情が毎日同じ状態で安定しているほうが、ある意味では不自然とも言えるかもしれない。
しかし、この揺れに過度に振り回されると、自分を見失ってしまう。昨日のやりとりを何度も頭の中で再生し、「自分が悪かったのではないか」と責めてしまう。あるいは、「もううまくいかないかもしれない」と決めつけてしまう。それは、まだ振り子が右から左へ動いている途中なのに、止まったものとして受け取ってしまっているからだ。
感情は、放っておいても自然に揺れる。大切なのは、その揺れのなかに飲み込まれすぎないことだ。たとえ今、心が重く沈んでいたとしても、それは一時的なものであり、やがてまた反対方向へと動き出す。無理にポジティブになろうとしなくてもいい。ただ、「これは今、振り子が左に大きく振れているだけ」と知るだけで、少し気持ちは軽くなる。
また、人と関わるなかで起こる感情の揺れには、もうひとつの側面がある。こちらが相手の態度に揺れるように、相手もまた、こちらの言葉や態度に揺れている可能性があるということだ。つまり、お互いが振り子のように揺れながらも、どこかでタイミングが重なり、ふと心が通い合う瞬間がある。その一瞬があるだけで、人間関係は十分に価値のあるものになる。
感情の振り子が大きく振れる日も、小さく揺れる日もあるだろう。それでも、その揺れを否定せず、ただ静かに見守ること。それが、自分自身と丁寧につきあうということではないだろうか。心は止まっていない。ただ、今日も静かに、右へ左へと揺れているだけなのだ。

