酢語録BLOG 2.0

それでもやっぱり言いたい放題

自己標的バイアスに学ぶ人間らしさ

誰かが笑っているのを見て、「あれ、自分のことを笑ってるのかな」と思った経験はないだろうか。あるいは、上司に呼び止められて「何か失敗しただろうか」と胸がざわついたことはないだろうか。これらは典型的な「自己標的バイアス」と呼ばれる現象である。本当は自分とは無関係の出来事であっても、つい「自分ごと」として受け取ってしまうのだ。

 

このバイアスがなぜ生じるのかを考えると、人間の心の仕組みにたどり着く。私たちは常に大量の情報にさらされている。駅のホームではアナウンス、電車の揺れ、スマホの通知、隣の人の会話――あらゆる刺激が押し寄せる。もしすべてを同じ重みで処理していたら、とても一日を乗り切れない。だから人間は「自分に関係があるかどうか」をフィルターにして情報を取捨選択する。その副産物が「自己標的バイアス」というわけである。

 

では、このようなバイアスは悪いものだろうか。たしかに、過剰に自分に引き寄せて考えれば誤解が生まれる。友人の何気ない言葉を深読みしすぎてぎくしゃくしたり、職場での雑談を自分への陰口と決めつけて心を閉ざしたり。そうした経験を重ねれば、バイアスは人間関係を損ねる要因となる。

 

しかし、バイアスには良い面もある。例えば、他人の言動に敏感であることは、相手の小さな変化に気づく力にもつながる。少し表情が曇っているときに「大丈夫?」と声をかけられるのは、ある意味で自己標的バイアスのおかげだ。もし「どうせ自分には関係ない」と割り切りすぎてしまったら、相手の気持ちを汲むきっかけを逃してしまうだろう。

 

結局のところ、バイアスは悪でも善でもなく、人間にとって避けられない「認知のクセ」である。それを自覚し、必要に応じて距離をとることができれば、バイアスは単なる妨げではなく、むしろ生活や人間関係を豊かにするヒントとなる。

 

自己標的バイアスに振り回されて悩む日もあるが、それもまた人間らしさの証だ。バイアスを敵とみなすのではなく、気まぐれな同居人として受け入れつつ、うまく付き合っていく。それが、現代を生きる私たちの知恵なのかもしれない。

 

 

tamtown.hateblo.jp

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