酢語録BLOG 2.0

それでもやっぱり言いたい放題

自己肯定感は比較の外にある

自己肯定感という言葉を耳にする機会は年々増えている。子育てや教育の場面だけでなく、ビジネス書や自己啓発の分野でも盛んに取り上げられている。だが、改めて考えてみると、その意味を誤解していることも少なくない。

 

自己肯定感とは、「自分は人より優れている」と思い込むことではない。そうした優越感は一見自信のように見えるが、結局は他者との比較に依存しているため、状況次第で簡単に揺らいでしまう。むしろ自己肯定感とは、「自分の価値は他人との比べ合いで決まるものではない」と理解できる心のあり方に近い。

 

比較によって成り立つ自信は、常に不安を伴う。上には上がいるのが世の常であり、勝ち続けることは不可能である。しかも、比べる対象や基準は際限なく変わっていくため、その中で安定した安心感を持つのは難しい。自己肯定感を本当に育むためには、「他人と比べなくても、自分には意味がある」と思えることが欠かせない。

 

たとえば、誰かに優しくできたことや、一日を無事に終えられたこと。そうした小さな積み重ねを自分なりに認めることは、点数や順位には現れない価値である。それを丁寧に受け止めることが、揺るがない自己肯定感につながるのだと思う。

 

もちろん、社会の中で暮らす以上、評価や比較は避けられない。仕事や学業では結果が数値化され、他者と比べられるのが現実である。しかしそこで得られるのは、あくまで行動や成果に対する評価に過ぎない。存在そのものの価値までもが評価されるわけではない。この二つを混同しないことが、心を守る上で重要である。

 

自己肯定感を育てる方法は人によって異なるが、共通しているのは「比較の枠組みから一歩引くこと」である。昨日の自分と比べて少しでも前進できたかどうかを見るのも一つの方法だし、比較そのものを手放して「今の自分をそのまま認める」という姿勢を持つのもよい。

 

私たちはとかく「まだ足りない」と思いやすい。しかし同時に「すでに十分」という感覚を意識することも大切である。欠けているものを追い求めるだけでは、自己肯定感は遠のく。すでに持っているものに目を向け、そこに価値を感じることができれば、人は他者との果てしない競争から解放される。

 

自己肯定感とは、比較によらない安心感であり、自分を肯定する眼差しである。他人から与えられるものではなく、自らの心で育てていくものだ。その眼差しを持てたとき、人は初めて、揺るがない軸を手にするのだと思う。