物価の上昇が続き、庶民の生活を直撃している。電気代、食料品、ガソリン――どれを取っても「以前より高くなった」と感じることが多い。一方で、給料は思うように伸びていない。このような状況の中で、与野党を問わず「消費税の減税を」との声が高まっているのは、当然の流れとも言える。少しでも家計の負担を軽くし、消費を下支えしたいという思いには、多くの国民が共感するだろう。
たしかに、消費税の減税は一見、即効性のある政策に思える。買い物をするたびにかかる税金が下がれば、財布のひももゆるむかもしれない。海外では、英国やドイツが一時的に消費税(付加価値税)を引き下げたこともある。ただし、それによる消費の増加は限定的だったという評価もあり、必ずしも効果が持続するとは限らない。
また、日本の消費税は単なる税収ではなく、社会保障財源という重い役割を担っている。年金、医療、介護、子育て支援など、国民の生活に欠かせないサービスの財源の多くが、消費税によって支えられている。法的にも、消費税の使途はこれら社会保障4経費に限定されており、減税によって失われた財源をどう補うのかという問いは避けて通れない。
この点に関して、「国債を発行して賄えばよい」との議論もある。日本の国債は円建てであり、理論上は通貨発行によって返済が可能であるため、デフォルトの心配は少ないという見解もある。いわゆる現代貨幣理論(MMT)の考え方だ。しかし、これはあくまでインフレが制御可能であることが前提であり、無制限に通貨を発行すれば、物価がさらに上昇し、結局は国民生活を苦しめることになりかねない。
現実には、国債の大量発行は財政の信頼性を損なうリスクもある。金利が上昇すれば、国の利払い費が膨らみ、結果的に他の政策に回す余裕がなくなる。政府と日銀の信認を保ちつつ、持続可能な社会保障を守るためには、慎重な財政運営が求められる。
だからといって、国民の困窮を見過ごしてよいという話にはならない。実質賃金が上がらない中、物価高に耐えるだけの体力がない家庭は確実に増えている。そうした現実に応えるには、広く一律に負担を軽減する消費税減税よりも、生活困窮者や子育て世帯への的確な支援、給付金、公共料金補助といった「絞った政策」が現実的で効果的ではないか。
消費税の減税は「やればできる」かもしれない。しかし、「やるべきかどうか」は別の問題である。負担軽減と社会保障維持、その両立は容易ではない。だからこそ、政治には場当たり的な人気取りでなく、将来に責任を持った説明と判断が求められている。減税という甘い選択肢の裏にある重さを、私たちも冷静に見つめる必要がある。

