完璧すぎる人よりも、少しヌケている人のほうが好感を持たれる──そんな話を耳にすると、「なるほど」とうなずきたくなる場面がいくつも思い浮かぶ。人は誰しも、どこか欠けているものを持っているし、完璧であろうとすればするほど、その不完全さが逆に魅力として際立つのかもしれない。
たとえば、職場でいつも時間通り、几帳面で冷静沈着な人が、ある日うっかり重要な書類を忘れてきたとする。慌てて取りに帰る姿を見て、周囲は驚きつつも、どこかホッとした表情を見せる。これまで完璧だと思っていたその人が、実は自分たちと同じようにミスもする人間だったという事実が、親近感を呼び起こすのだ。そういった「ヌケ」や「ドジ」は、単なる失敗ではなく、コミュニケーションの潤滑油にもなる。
心理学でも、人は完璧な人よりも、少し不完全な人に魅力を感じるという研究がある。これを「プラットフォール効果」と呼び、能力の高い人がミスをしたとき、逆に好感度が上がるという現象である。逆に、能力の低い人がミスをすると評価は下がってしまうのだが、それはまた別の話。
また、友人関係や恋愛においても、完璧な人よりも、ちょっとドジだったり、おっちょこちょいな一面を持っている人のほうが、なぜか一緒にいて安心するという声は多い。人は自分と同じように、悩んだり間違えたりする相手にこそ、心を開きやすいものだ。そう考えると、「しっかりしているね」と言われるより、「意外とぬけてるんだね」と笑われるほうが、人間的な魅力としては得なのかもしれない。
もちろん、仕事や責任を果たす場面では、一定の正確さや丁寧さは必要である。しかし、完全無欠であることを目指しすぎると、自分自身も疲れるし、周囲との距離もできてしまう。むしろ、失敗を恐れず、自然体でいることが、長い目で見れば信頼や共感を得る近道なのではないだろうか。
私自身、昔は「ちゃんとしていなければならない」と思い込んでいた節がある。抜けているところを見せたら、評価が下がるのではないかと怯えていた。しかし今は、少しヌケていたり、忘れっぽかったりする部分も、自分の一部として受け入れている。その方が、生きるのが少しだけ楽になるからだ。
完璧じゃなくていい。むしろ、完璧じゃないからこそ、人は人を好きになる。そんな風に考えると、自分の欠点さえも愛おしく思えてくる。今日もどこかで、誰かがうっかり忘れ物をして、誰かがそれを見てほほえんでいる。そんな優しい世界で、私はちょっとヌケてるくらいの自分を、大切にしていきたい。
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