酢語録BLOG 2.0

それでもやっぱり言いたい放題

消せない記憶とデジタルフォレンジックの時代

先日、フジテレビを巡る第三者委員会の報告書が公表され、社会に大きな波紋を広げた。なかでも強い関心を集めたのは、第三者委員会が採用した「デジタルフォレンジック」という手法である。これは、普段の生活ではなかなか意識することのない領域であるが、今回のニュースを通じて、その存在感をまざまざと見せつけた。

 

news.yahoo.co.jp

 

デジタルフォレンジックとは、コンピューターやスマートフォンなどに保存されたデジタルデータを収集、解析し、証拠化するための技術である。犯罪捜査や企業の不祥事調査、訴訟対応といった場面で用いられる。特筆すべきは、削除されたデータさえも復元できる点であり、消したはずのメッセージや履歴が、最新技術を駆使すれば再び姿を現すのである。

 

今回の調査では、フジテレビの関係者のスマートフォンやパソコンに残されていたOutlook、Teams、LINE、ショートメール、OneDriveなど、あらゆる通信・保存データが対象となった。約二か月間という限られた時間の中で、22万件以上ものデータが解析されたと報じられている。暗号化された情報であっても、専用の技術を使えば読み解くことができる。さらに驚かされるのは、履歴の削除そのもの、つまり「消した」という行為自体の痕跡までも把握できる点である。

 

デジタルフォレンジックに携わった企業は、外部から一切内部の情報が漏れないよう、静脈認証による厳重なセキュリティを敷いている。作業部屋の内部には、解析情報や使用しているソフトウェアが外部から見えない工夫が施され、まさに秘密裏に事が進められている印象を受ける。現場での緊張感は想像に難くない。

 

復元されたデータは膨大であり、単にデータが「ある」だけでは意味をなさない。そのため、AIが解析を支援し、検索ワードに基づいて不正の可能性を自動で判定する仕組みが導入されている。不正に関わった可能性が高いデータから優先的に調査できるため、膨大なデータの中から重要な情報を迅速に拾い上げることが可能となっている。この技術がなければ、22万件のデータに目を通し、重要な証拠を見つけ出すのに何年もの時間を要していただろう。

 

一方で、私はこのニュースを見て、便利さの裏に潜む恐ろしさをも感じた。これまで、何か後ろめたいことがあったとしても、証拠を消してしまえば問題ないと考える向きは少なくなかった。しかし、デジタルフォレンジックの発展によって、「消す」ことが「消す」ことにはならない時代が到来している。スマートフォンやパソコンで交わした会話、送信したメッセージ、保存した写真。それらすべてが、自分の知らないうちに、静かに、そして確実に証拠として蓄積されているのである。

 

さらに、復元の対象はLINEやSNSだけに留まらない。セキュリティの高さで知られるアプリ「シグナル」や、メッセージが自動的に消去される「テレグラム」についても、将来的には復元技術が追いつく可能性があるという。絶対に安全な通信など、もはや存在しないのかもしれない。

 

今回、取材に応じた企業の本部長は、「悪いことを見つけられる技術が社会貢献になると考えている」と語った。確かに、不正を摘発し、社会を正しく導くためには、このような技術が不可欠である。一方で、私たち個人のプライバシー意識も、これまで以上に問われる時代に突入している。何気ない一言や、軽い気持ちで送ったメッセージが、数年後に思わぬかたちで自分自身を縛ることもあり得るのだ。

 

テクノロジーの進歩は、社会に多くの恩恵をもたらしてきた。しかし、その一方で、私たちの「自由」や「忘れられる権利」は、静かに、しかし確実に狭まっている。これからの時代、何を記録し、何を記録しないか、個々人がより深く意識しながらデジタルと向き合っていかなければならないだろう。

 

デジタルフォレンジックという技術の存在を知り、私は一層強く、デジタル世界の透明さと、そこに潜む危うさを思ったのである。