まるで季節がワープしてしまったかのような陽気が続いている。ついこの前まで「寒い寒い」とマフラーに顔をうずめていたのに、気づけば上着もいらないような気温になっていて、慌ててクローゼットの奥から春服を引っ張り出す始末だ。朝、天気予報を見て「え、20度超え?」と驚くことも多くなった。ほんの数週間前までダウンジャケットが手放せなかったことを考えると、あまりにも急な変化である。
それにしても、春はどこに行ってしまったのだろうか。寒い冬を抜けたら、もっとふんわりとした優しい季節が待っているはずだったのに、肌にじりじりくるような日差しはまるで初夏のようだ。桜だって、まだ咲いていない。梅と桜の間に、こんなに汗ばむ日が来るなんて聞いてない。気温は上がっているのに、風景はまだ冬の名残を残したままで、どうにも季節感がちぐはぐだ。
春というのは、本来、移ろいを楽しむ季節だと思う。花が咲いて、芽吹いて、日が伸びていって、ようやく日々が明るくなっていく。その変化をじんわりと味わう時間が、今年はごっそりと抜け落ちてしまったような感覚がある。スーパーに並ぶ春野菜や、ふと香ってくる沈丁花の匂いに「春だなあ」と感じるはずの時期に、気温だけが浮かれて先走っているようだ。
気候変動、温暖化——そんな言葉がニュースで語られるたび、「まあ確かにそうかもしれないけど、まだ実感はないな」と思っていた。でもこうして、春が春らしくない日々が続くと、いよいよその影響を肌で感じざるを得ない。四季のはっきりとした日本の風土が、少しずつ崩れていくのを見ているようで、正直ちょっと寂しい。
昔はもっと、春が春らしかった。朝晩はまだ冷えて、昼間に少しだけ上着を脱げる日があって、薄手のコートの出番がちゃんとあった。何より、桜が咲いて、風が吹いて、花びらが舞う――そんな絵に描いたような風景が、もう少し長く続いていた気がする。今年はその風景にたどり着く前に、Tシャツ姿の人が町にあふれ始めてしまった。
四季折々の風情というのは、ただ気温や気象のことだけではなくて、私たちの暮らしや感情のリズムにも深く結びついているのだと思う。春だからこそ、ちょっとした不安や期待を抱えて、新しいことに踏み出す勇気を持てたり、穏やかな気候に背中を押されるような気分になったり。そうした「気分のグラデーション」が、急激な気温の変化にかき消されてしまうのは、なんとももったいない話である。
このままでは、春と秋がどんどん短くなり、いつか「春ってあったっけ?」なんて冗談みたいな会話が現実になる日が来るかもしれない。冬から夏、夏から冬へ。メリハリはあっても、余白のない季節の移ろいには、どこか味気なさを感じてしまう。
とはいえ、これもまた「今の季節」なのかもしれない。桜が咲くのをまだかまだかと待ちながら、少し早すぎる日焼け止めを塗って出かける。そんな不思議な春も、いつか振り返れば、ひとつの思い出になるのだろうか。季節が変わっても、心までは置いてけぼりにならないように、今年の春も自分なりに味わっていきたい。

