酢語録BLOG 2.0

それでもやっぱり言いたい放題

気持ちが乗らない日

気持ちが乗らないときって、ほんとうにある。いつものようにパソコンを開いて、コーヒーを横に置いて、「さあ書こう」と意気込んでみるものの……何も浮かんでこない。頭の中はモヤモヤ、指先もなぜか動かない。ネタがないわけじゃない。書きたいことは、メモ帳の中にも、心の引き出しの中にもいくつか眠っているはずなのに、それを文章としてつなげるエネルギーがどこかに行ってしまったような、そんな感覚だ。

 

酢語録を続けていると、こういう日にはちょくちょく出会う。最初の頃は「これはスランプかも」と焦ったし、「読者に申し訳ないな」「ちゃんと更新しなきゃ」と自分にプレッシャーをかけていた。でもある時ふと思った。これって、誰にでもある自然なリズムなんじゃないかって。四六時中、気持ちが高ぶっていて、毎日クリエイティブな何かを生み出し続けるなんて、ちょっと人間離れしている。そんなスーパーマンじゃなくていいし、むしろ、浮き沈みがあるからこそ、その時々の気持ちがリアルに伝わる文章になるんだと思う。

 

気持ちが乗らないときって、たいてい心が少し疲れていたり、頭の中がいっぱいになっていたりする。そういうときに無理やり言葉をひねり出そうとしても、どこか嘘っぽくなるし、読んでくれる人にも伝わってしまう。人って案外、文章の「温度」に敏感だ。だから、そういうときは「今日は書かなくていいか」と思い切って手を休める。それがいちばん正直な選択だと、自分に言い聞かせる。

 

そうして書くのをやめた日は、代わりに「感じること」に集中する。道端の花に気づくこととか、スーパーで目にした季節の果物とか、近所の子どもたちの笑い声とか。そんな何気ないものが、じつは次に書くときの「種」になっていたりする。だから私は、書けない日も無駄じゃないと思う。沈黙の日々があるからこそ、言葉は深くなる。

 

とはいえ、まったく何も書かない日が続くと、それはそれで不安になるものだ。そんなときは、完璧な文章じゃなくてもいいから、とりあえず数行だけ書いてみる。たとえば「今日はなぜか書く気が起きない」と正直に書く。それだけでもいい。不思議なことに、そうやって自分の「今」を認めてあげると、ちょっとずつ、心がほぐれていくことがある。

 

「書かなきゃいけない」という気持ちと、「書けない」という現実の間に挟まれているとき、自分を責めるよりも、むしろそっと背中を撫でるようにしてあげたい。言葉って、不思議なもので、追いかけると逃げていくけど、待っているとふと戻ってきたりする。だから、焦らずに、気持ちのままに。

 

気持ちが乗らないときがあるからこそ、書ける日のありがたみがわかる。そんな波の中に身を任せて、今日もまた、自分なりのペースで酢語録と向き合っていこうと思う。書ける日も、書けない日も、どちらも大切な私の一日だ。