気がつけば、世の中は「データ」であふれている。SNSに投稿すれば、その一言がデータとして蓄積され、スマホを握れば歩数や心拍数が記録され、ネットショッピングではクリックのたびに行動履歴が残る。どこへ行っても、何をしても、私たちは知らず知らずのうちに「データを生み出す存在」になっている。そしてそのデータを、誰かが、何かが、分析している。つまり今、世界は目に見えない「データの流れ」で動いていると言っても過言ではない。
そんな時代において、「データサイエンス」はもはや流行や一時のブームではなく、社会を支える基盤となりつつある。医療、教育、マーケティング、農業、行政、環境保護、スポーツ──枚挙にいとまがないほど、あらゆる分野で「データをどう読むか」が問われている。もはや「感覚」や「経験則」だけでは立ち行かない時代。そこに冷静な分析と判断をもたらすのが、データサイエンスの役割である。
…などと、ずいぶん立派なことを語っているが、正直なところ、まさか自分が「データサイエンティスト」を名乗る日が来るとは夢にも思っていなかった。数学が大得意だったわけでもなければ、若い頃からAIや機械学習に心奪われていたわけでもない。文系出身で、どちらかといえば数式には苦手意識すらあった。そんな自分が、なんの因果か、今や「データを扱う人」として認識され、名刺にすら「Data Science」と書かれているのだから、人生とは不思議なものである。
きっかけは小さな違和感だった。仕事の中で「どうしてこの判断をしたのか」「もっと効率的なやり方はないのか」と考えるうちに、「なんとなく」や「前例」に頼るやり方に限界を感じるようになった。そこで出会ったのが、データだった。エビデンスをもとに考えるというアプローチは、自分の中に新しい視点をもたらした。そして気づけば、エクセルの関数を調べ、統計ソフトをいじり、「これは面白いぞ」と思うようになっていた。
データサイエンスの世界は、外から見ると華やかに見えるかもしれない。AI、機械学習、ディープラーニング、予測モデル、ビッグデータ…と、いかにも未来感のある言葉が飛び交う。でも、実際にやっていることの多くは、地味で地道な作業の連続だ。データの欠損を埋め、エラーと格闘し、仮説を立てては検証し、何度も失敗し、そしてたまに手応えのある結果に出会う。
そして今、あらためて思う。これからの時代、データサイエンスは「専門家だけの領域」ではなくなっていく。すべての人にとって、「数字から読み解く力」が求められる。すごい数式が使えなくても、機械学習のアルゴリズムをすべて理解していなくても、「データをどう見るか」「どんな問いを立てるか」には誰もが関われる余地がある。だからこそ、向き不向きよりも、「ちょっとやってみたい」「おもしろそうだな」という気持ちのほうが大切なのではないかと思う。
なんの因果か、データサイエンスにたどり着いた自分。それもまた運命というやつだろう。今日もまた、ちまちまとコードを書き、グラフを眺め、数字に翻弄されながらも、なぜか心は充実している。これが「好きなことを仕事にする」ということなのかもしれない。そう思えるだけで、ちょっと得をした気分になるのである。
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