30年前のあの日、早朝の空気を切り裂くような激しい揺れが、多くの人々の人生を一変させた。私は当時名古屋に住んでいたが、あの朝、目を覚ましたのは偶然か、何かに導かれていたのかもしれない。5時46分、地響きとともに揺れ始めた地面。その長さと激しさに、ただ事ではないと直感した。
テレビ放送が始まり、次第に明らかになる被害の全貌。その衝撃たるや、想像をはるかに超えるものだった。神戸の高速道路が横倒しになり、街の中心部が壊滅的な被害を受けた映像を見た時の衝撃は、言葉にできない。ほんの数日前に訪れたばかりの街が、一瞬にしてその姿を変えてしまった。
震災から2ヶ月後、岡山の実家へ向かう道中で目にした神戸の風景は、映像で見るのとはまた違う現実感を伴うものだった。壊れた駅、バスから見た街並み、そして張り紙に書かれた「○○会社の社員は全員生きています」という文字。これら一つひとつが、あの震災が引き起こした悲劇を物語っていた。長田区を通過する電車の中、誰もが言葉を失い、ただ静寂の中で変わり果てた街を見つめていた。その時間の流れが、かえって現実感を奪うように感じられたことを今でも覚えている。
それから街は再建され、多くの復興事業が進んだ。表面上は、震災の傷跡がほとんどわからないほどに変わった街並み。しかし、30年が経った今でも、あの時失われたもの、そしてその背後にあった人々の思いや日常は、決して取り戻せるものではない。それは復興した街並みの奥底に、静かに息づいている。
震災は物理的な破壊だけでなく、人々の心にも大きな爪痕を残した。それでも、あの時支え合い、助け合った人々の姿は、30年経った今も忘れられない。そして、その思いがあるからこそ、私たちは過去から学び、未来への備えを強くしなければならないのだ。
あの日から30年。過去の教訓を胸に刻みつつ、あの震災が伝えるメッセージを次の世代にしっかりと伝えていくこと。それが、私たちにできることの一つではないだろうか。
